【高松城】登城記
2013年7月14日(日)
6月の吉田郡山城に続き、車の慣らし運転を兼ねて高松城と徳島城に登城しました。
まずは高松城からです。
10時00分、 高松城 玉藻公園駐車場に到着

7時30分
広島の自宅を出発し、瀬戸大橋を渡って10時00分 高松城 玉藻公園駐車場に到着。
無料でした。
目の前に見えるのは『うしとら櫓』です。

旭橋を渡り旭門から登城します。
高松城登城

橋の右手に見えるのは中堀です。
枡形虎口

旭門を入ったところに、巨石を積み重ねてつくられた桝形があります。
攻め込んだ敵を包囲したり、兵士の概数を調べたりしたそうです。
桜門を入った所で入園料 200円を支配いました。
うしとら櫓

うしとら櫓(旧太鼓櫓)
旧東の丸うしとら櫓は昭和42年に桜の馬場太鼓櫓跡に移築された。

披雲閣(旧松平家高松別邸)

松平藩時代にも披雲閣言われる今の2倍の大きさの建物があり、藩主の住居として使われていました。現在の建物は明治になって建て替えられ、昭和天皇、皇后両陛下が宿泊されたこともあるそうです。

珍しい松を発見!

ど根性松だそうです。

岩に松が生えている!
樹齢18年とのこと。

北の丸にある月見櫓

重要文化財の月見櫓です。
船の出入りを監視していました。
月見櫓内部




現存ですので当然木造です。

櫓より披雲閣(ひうんかく)が見える。
大正時6年に完成し、昭和天皇も宿泊されたことがあるそうです。
月見櫓は櫓といっても、三層で天守と思われるくらい立派でした。
月見櫓を出て天守へ向いました。
海水を引き込んでいる堀

海と堀が繋がっているため、ここに水門があります。
タイやチヌの餌やり体験ができます。
高松城は堀に海水を引き込んでいる三大水城の一つです。

二の丸から鞘橋を渡って、本丸へ向かいます。
江戸の中期に屋根つきになりました。
天守台へ
二の丸から天守台が見えます。

鞘橋から右手には、琴電高松港駅が見えます。

生駒氏時代の天守は、絵図や古文書によると三層だったとされています。松平氏時代の寛文10年(1670)に改築された天守は3層5階(3層4階+地下1階)の唐造りで四国最大の規模を誇っていたそうですが、明治17年老朽化を理由に取り壊されたそうです。

平成17年の修復工事で天守台地下1階部分から礎石が発見されました。


天守台より鞘橋が、その先に琴電の高松築港駅が見えます。

天守台よりうしとら櫓が見えます。
11時10分、高松城の登城を終え、讃岐うどんを食べに行きました。