久留米状

概要
戦国時代より土豪・豪族の間に、この古城をめぐって興亡の歴史を綴りながら、元和七年(1621)有馬豊氏丹波福知山より転封入城し、以降廃藩にいたるまで十一代二百五十年余年の間、有馬家累代の居城として藩府が置かれていました。
本城は北西に筑後川を自然の濠とし、天恵の地形を活用したすこぶる険要の地にあります。築城法は平山多聞造りで、高い白土の城壁にそびえたつ二層と三層の七つの櫓であり、本丸東南隅の三層建ての巽櫓は壮大な威容を誇っていました。
現在は石垣だけが残り、城内には有馬三氏を祀る篠山神社や、有馬家資料を展示する有馬記念館があります。-久留米城跡説明板より-
データ
所在地 | 福岡県久留米市篠山町444 |
築城年 | 永正年間(1504年 – 1521年) |
別名 | 笹原城、篠山城、篠原城、久留目城、来目城、雨城 |
形態 | 連郭式平山城 |
天守構造 | なし・代用 (巽櫓[1] 層塔型3重3階 1620年ごろ築)非現存 |
主な城主 | 毛利氏、田中氏、摂津有馬氏 |
主な遺構 | 石垣、掘 |
アクセス
所在地 | 福岡県久留米市篠山町444 |
車 | 九州自動車道「久留米インター」から国道210号をJR久留米を目指して西進。車で約20分 |
電車 | JR久留米駅から徒歩約15分 西鉄バス(系統番号8)乗車「大学病院」下車、徒歩約3分 |
ウェブサイト | 有馬記念館 |
駐車場

見どころ
高石垣

石垣は反りのない直線的な石垣で、石垣構築技術がほぼ完成に達した時期のものである。
本丸冠木御門跡

本丸の正門となる門で、内枡形となっていた。二の丸とは土橋によって接続し、枡形は手前に高麗門、左に折れた場所に櫓門があった。
登城記

2017年4月30日(日)
12時40分、佐賀県の祐徳稲荷神社から、約1時間40分で先日続日本100名城に選定された、久留米城跡(駐車場)へ到着しました。