若桜鬼ヶ城

概要
若桜鬼ヶ城は播磨、但馬へつながる交通の要衝にある。そのため、戦国時代において戦国大名である毛利、尼子、織田などによる争奪戦がくり広げられた。築城時期は不明だが、延徳元年(1489)の資料には「矢部館若狭」の記述があり、矢部氏によってこの頃には城が築かれていた可能性が考えられる。
一時、山中鹿之助による尼子氏再興戦の舞台ともなったが、その後、羽柴秀吉による鳥取城攻めの際には織田方の拠点として機能し、天正9年(1581)に鳥取城が落城した後は秀吉の武将木下重賢、関ヶ原の戦後の慶長6年(1601)には山崎家盛が入城している。元和3年(1617)に池田光政が因幡2国を領す鳥取城主となると、一国一城により廃城となった。
データ
所在地 | 鳥取県八頭郡若桜町若桜 |
築城年 | 正治2年(1200年)以後 |
別名 | 鬼ヶ城、若桜城 |
形態 | 連郭式山城 |
天守構造 | 複合式天守(非現存) |
主な城主 | 矢部氏代々、山中幸盛、八木豊信、木下重堅、山崎家盛、山崎家治 |
主な遺構 | 郭、石垣、虎口、竪堀、櫓台 |
アクセス
所在地 | 鳥取県八頭郡若桜町若桜 |
車 | 鳥取自動車道 用瀬出口から車で20分 |
電車 | 車で若桜駅から駐車場まで約15分 駐車場から城跡まで徒歩約10分 |
ウェブサイト | 若桜町HP |
駐車場

見どころ
六角石垣

六角石垣の石垣は積み方から、山頂遺構より古い時代に構築されたと考えられ、石垣が破却されず、ほぼ完存した姿で残されている。
枡形虎口跡

本丸

ここは鶴尾山頂(標高452m)で、若桜鬼ヶ城の本丸のあった場所。
本丸南側には天守台が築かれている。
どのような建物が築かれたかは不明だが、試掘調査により、山崎氏の檜扇紋入りの軒平瓦や鯱瓦の胴部などが発掘されている。
三の丸虎口

郭の南東には防御を固くする「枡形」と呼ばれる虎口がある。
周辺観光スポット
太閤ヶ平

秀吉は本陣山(251m)の山頂に本陣を置き、2万余りの軍勢により兵糧を絶つ鳥取城包囲作戦を展開した。その日本最大級の陣跡は太閤ヶ平と呼ばれ、土塁、空堀を廻らせた曲輪の跡が今も残されている。-太閤ヶ平説明板より-
不動院岩屋堂

間口約7メートル・奥行き約10メートル・高さ約13メートルの天然の岩窟内にある投げ入れ堂方式の建造物である。
正面3間(5.4M)・側面4間(7.1M)で屋根は前方が入母屋造りで、後方は切妻造り、床下は舞台造りとなっている。
ココガーデン
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登城記

2017年6月8日(金)
午後12時、ココガーデンから若桜町の「城下町 若桜宿」入口へ到着。
そして、国道から旧道に入り少し走ると、若桜鬼ヶ城と若桜弁財天への案内板があり、そこを右・・・
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